あなたの徒然なるままに。

フィクション少々

一夜明けて

これは夢のまた夢である。

病院のベッドで目覚めたときに夢の中からつぶやいた。

あれは夢見小路。四条通りから南は町屋が立ち並ぶ華やかな花見小路も、北へ行くと見た目は現代の風俗街に変わり、大したことはない。さらに北に進み三条通りを越えると、その道は花見小路ではなくなる。大学生だった私はそこにあるアパートに下宿していた。だから夢見小路。

 

きょうはええ天気やし自転車に乗りたいなあ。昼間やと暑くてかなわへんから朝早ように家出なあかんわーーーーー

 

実際には、京都大学医学部附属病院で目覚めたのでここは東大路。手術明けなので自転車には乗れない。首から管なんぞでている始末。

手術の経緯などはつまらないから詳しく説明しないが、左耳の下の腫瘍をとってもらった。

おととい入院して昨日手術。手術がこんなにスピーディーだなんて、役所は見習わないとと皮肉を一つ。

 

手術の日程が決まったのが割と急で、家族以外には彼女にしか詳しいことを話していない。そのせいか誰からもお見舞いの連絡がこない。退屈なわけではない、時間を持て余す。

朝から小説を読んでいた。田辺聖子の「言い寄る」。純文学に含まれる小説を読むのは、景色を観るのに少し似ているといつも思う。宇宙から隕石が落ちて来たり、しない。だから採血やらで読むのを遮られてもあまり嫌じゃない。少しばかり名残惜しいが目を離せる。しおりもそこまで重要ではない。冒険譚ではこうはいかない。

 

開きづらい口でだらだらご飯食べながら、ブログ書きながらをしていると、彼女がお見舞いに来るという。お見舞い第一号の称号をやらねば。

 

「あんたが死んだらわたしもあと追って死んだるわぁ」

「おれやったらせやな、お前のクローンつくるわ。どうせやったら3人くらいつくるわ。しかも年齢別で。ほんでいろんなプレイ楽しんだるわ」

「それええやん」

 

先週くらい、彼女と電話でふざけあったのをぼんやり思い出す。

今考えてもとてもいい案だと思う。アイデアが日常の何でもないところから生まれるのは否定しがたい。まあ、実際どうするかは彼女が死んでから考えよか。いや、死んだらあかん。

なんて不謹慎なことを軽い気持ちで考えてしまうのはここが病室だからだろう。退院するまで世界は全く動かないのである。退院した瞬間にがらっと変わる気がする。